岡田健史インスタグラムの絵でSOSを出していた!意味深投稿の数がヤバい!「母親が自分のすべて」文春

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岡田健史 インスタグラム

若手俳優・岡田健史の事務所スウィートパワー(スパイスパワー)退所騒動の詳細が文春にて報じられました。岡田健史のインスタグラムを見てみると入所当時からSOSを出し続けていたことが判明。また理解のない母親へ向けた意味深な投稿なども。

市川太郎騒音を学校に相談「小学生の道路族に休校中から我慢していた」横浜・西本郷小学校
27日の午後、神奈川県横浜市栄区の西本郷小学校に自称・市川太郎容疑者が刃物を持って侵入し逮捕されました。市川太郎容疑者は「子供の声がうるさかった」と容疑を認めています。市川太郎容疑者が犯罪を犯してまで小学校へ乗り込んだのには道路族による被害という理由がありました。

【文春】岡田健史スウィートパワー退所騒動の概要

26日に文春オンラインで配信された記事によると、岡田健史は事務所スウィートパワーの女社長・岡田直弓のやり方に我慢ならず事務所に契約解除を求めました。現在仮処分を裁判所に申し立てたということです。

 

スウィートパワーの岡田直弓といえば若手女優にセクハラを繰り返していたと報じられたばかり。この報道を見た岡田健史は「これまで沢山の先輩が不満を抱えてたけど、声を上げた人はいなかった。でも僕は、若い人間が行動する意味はあると思う。自分らしく生きたいから出ていくんです」と行動に踏み切りました。

 

女社長・岡田直弓が岡田健史にしたこと
  • 野球一筋だった岡田健史が中1の時から目をつけ5年かけて芸能界へ引き込む。
  • 岡田健史の両親は大反対していた。上京の時泣いていた。
  • 健史へ自らの苗字「岡田」を芸名として与える。

 

反対している福岡の両親から岡田健史を引き離し、上京後は苗字まで捨てさせ自分の所有物だと言わんばかりに「岡田」を名乗らせている岡田直弓社長。息子を物のように扱われ両親はどれだけ悔しい思いをしたでしょう…。まだまだ酷い行いは続きます。

 

 

  • 新人には給料を払わないのがスウィートパワーのやり方。岡田健史もドラマなどで大役を任されたりしていたにも関わらず1年半無給だった。
  • 無給の間、支給されたiPhoneだけが岡田健史の報酬となった。
  • 先月の給料は15万円。(大河ドラマやドラマ、映画の出演など多忙にも関わらずこの安さ)
  • 仕事が決まってから岡田健史へ報告。仕事を選ぶ権利は一切なかった。
  • 演技の勉強をしたい岡田健史に対し「プロデューサーに恩を売っておけ」と言い放つ岡田直弓社長。
  • 岡田直弓社長のパワハラが酷くマネージャーが5人交代している。
  • 社長のパワハラが原因で昨年だけで19人退職している。

 

どれだけ活躍しようが新人には給料を払わないという独裁国家も真っ青なやり方。そして所属タレントにはセクハラ、社員にはパワハラとやりたい放題な岡田直弓社長。「仕事の方向性を相談したくてもできない」と事務所の環境を嘆いていたという岡田健史。マネージャーがコロコロ変わり人はどんどん辞めていく…誰も信じられなくなって当然です。

 

また両親は芸能界デビューは泣くほど大反対していましたから、両親にも相談できないという状況。あえて岡田直弓社長は両親とのつながりを絶たせたのではないか?と邪推してしまいます。普通のやり口じゃないのは確かです。

 

 

以上のことがあり岡田健史は「社長のお陰でこの世界に来られた。恩を感じて一生懸命努力してきたつもりです。若いのに生意気と言われることも分かってる。だけど、感謝の気持ちを超えることがあったということを分かってほしい。」と事務所へ契約解除を求め裁判所へ仮処分を申し立てた…というのが文春に報じられた内容です。

 

現在岡田健史は事務所の寮を出て送迎も断り、一人で撮影現場へ通っているということ。事務所は今更になり待遇改善を申し出ているそうですが、時すでに遅し。

 

板倉由美弁護士は今回の問題を

「仕事の諾否の自由がなく、具体的指揮命令下で仕事をしていたのであれば、労働基準法などの労働関係法令が適用される雇用契約に当たる可能性が高い。有期雇用の場合、3年を超える期間の契約締結は禁止されているため、仮に契約書で5年という定めがあっても、3年を超えた時点で期間満了で契約が終了している可能性はある。最初の1年半の給料0円は、最低賃金法に違反している。手取り15万円では東京での生活もままならない。奴隷契約と言われても仕方がありません

と解説しています。

岡田健史インスタグラムの絵でSOSを出していた

岡田健史のインスタグラムを見てみると開設当時からSOSを出していたことが分かりました。

 

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岡田健史 インスタグラム

20歳の誕生日のときの投稿。「自分らしく生きていくのみ」とのシンプルなコメント。20歳の誕生日だなんて人生の中でも大きなイベント。それにも関わらず自分に言い聞かせるかのようなコメントのみを投稿していることから、当時から事務所に対し不信感を抱いていたのでしょう。

 

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岡田健史 インスタグラム

「Gm(グッドモーニング)」とのコメントと共に投稿された荒れた道の画像。一日の始まりの「おはよう」の挨拶にはふさわしくない写真ですね。岡田健史は気付かれないように、でも確実にSOSを出していました。自分の心を表す”荒れた道”。気づいて欲しい…でも気づいてほしくない…。

 

 

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岡田健史 インスタグラム

「like spotlight」。暗い公園に佇む街灯を舞台のスポットライトに見立てての投稿。「本当は演技の勉強をやりたい。でも社長から教えてもらうのはプロデューサーへの媚の売り方ばかり…」鬱々とした気持ちで夜の公園を散歩していたのでしょう。街灯すらスポットライトに見えてしまうほど心が病んでしまっています。

 

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岡田健史 インスタグラム

 

絵を描くのも大好きな岡田健史。自分のアトリエを構えるほどです。カラフルな配色と思い切りの良いタッチが見る人を惹きつけます。しかしそんな彼の絵にも変化が出てきてしまいます…。

岡田健史インスタの意味深投稿の数がヤバい

カラフルポップで独特なタッチの絵を描く岡田健史でしたがどんどんと変化がでてきます。

 

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岡田健史 インスタグラム

コメントは何もなく絵だけの投稿。暗い色をメインに荒々しく絵の具が厚く塗り叩かれています。岡田健史自身の心の状態を表しているのでしょう。文字ではなく絵で心を感じて欲しい…そんな思いが伝わってきて苦しくなります。

 

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岡田健史 インスタグラム

舞台をモチーフに描かれたものでしょうか。見た瞬間に思い浮かぶのがピカソのゲルニカ。

 

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ピカソ ゲルニカ

こちらはピカソのゲルニカです。配色や絵のタッチ、牛のモチーフなどが酷似しています。ピカソのゲルニカは「スペインを苦悩と死に沈めた軍隊に対する憎悪を表現した」と本人が語っているように人間へ対する憎悪・苦しみ・悲しみが表現された絵画。

 

先程の岡田健史の絵も人間へ対する憎悪・苦しみ・悲しみを表現していたとしたら…意味深すぎます。そして岡田健史の絵からどんどん色が消えていきます…

 

 

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岡田健史 インスタグラム

 

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岡田健史 インスタグラム

 

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岡田健史 インスタグラム

 

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岡田健史 インスタグラム

 

 

どれも絵だけでコメントは無い意味深投稿の数々。「絵から何かを読み取ってほしい」岡田健史なりのSOSの出し方だったのではないでしょうか。薄給のあまり絵の具が買えなかったとも考えられます…が令和の時代にそんなことあっていいはずがありません。岡田健史は売れない画家ではなく人気俳優なのです。

 

そして一番ギョッとしたのがこの投稿です。

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岡田健史 インスタグラム

「2020 12/15の僕。」と題されたこの絵。真っ赤な部屋の片隅に佇む岡田健史の化身。長く伸びる影からして前方から強い光が当たっているのでしょう。でもそれは岡田健史の好きなスポットライトでは無いのは彼の表情を見れば一目瞭然。望まぬ撮影現場のライトでしょうか。

 

バラバラになりそうな身体(気持ち)をなんとかつなぎとめている状態で、立つのが精一杯。そんな限界な精神状態を表現しているように見えます。「誰か気づいて、僕を助けて…」悲痛な思いが心を捉えて離しません。

 

飛ぶ鳥を落とす勢いの若手俳優をここまで追い込んだのはスウィートパワー社長、岡田直弓。許されることではありません。

「母親が自分のすべて」届かぬ悲しい想い

またほぼ絶縁状態の福岡に住む母親への想いを表現している投稿もありました。

 

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岡田健史 インスタグラム

「All of ME」と題された赤いカーネーションの絵。赤いカーネーションの花言葉は「母への愛」です。投稿は11月16日で母の日でもなんでもありません。もしかしたら岡田健史の母親の誕生日だったのかもしれません。

 

赤いカーネーションにALL of ME…「母親が自分のすべて」。両親の大反対を振り切って岡田直弓社長と共に上京した岡田健史。今回の事務所とのトラブルに関しても岡田健史は両親に事前に相談はしていなかったようで、それに怒った両親は「恩を仇で返すようなことをするな」「話し合いで解決しろ」と突き放す始末。さすが福岡人。

 

それでも親への…特に母親への想いは変わらないと伝えたかった岡田健史。直接言うことが出来ない分、岡田健史なりの表現方法で愛を伝えたかったのでしょう。22歳という若さで権力の前では無力だと思い知らされ、誰にも相談できず悩み続けている青年の苦悩がインスタグラムに詰まっていました。

 

福岡の両親をよく知る人物はこう語ります。「お父さんはまさに九州男児といった人で健史くんが東京に行った後、まるで息子なんて居なかったかのように振る舞ってましたね。お母さんの方はお父さんの前では合わせていましたが、やっぱり大切な息子ですから心配はしていましたよ。お父さんにばれないように食品やらこっそり東京に送っていたんです。」

 

遠く離れていても密かに息子のことを案じていた母親。岡田健史の方から「事務所から給料をもらっていない」と報告がなくても、なんとなく勘付いていたのではないでしょうか。そんな母親を心配させたくなくて余計に相談できないでいたのかもしれません。